同じ日本人であっても、人それぞれで性格や考え方が驚くほど異なることがあります。
育った環境や親から受けた影響など、今まで受けた刺激の何もかもが異なるため、家族でも別人種のように感じられることも少なくありません。
また、気学においては生まれ持った星命が大きな判断基準となり、9つのタイプに分けられます。
世間一般では、各星命ごとに毎年の運気などが解説されていて、あたかも同じ星命なら同じ性格・似た価値観を持ち合わせていそうですが、そこも今まで受けてきた環境刺激が違うので意外と異なっていることも多いのです。
そのため、別人種から似ているようで似ていない人まで多種多様な人間が世の中に存在し、日常生活を送る中で誰かしらと双方向に影響を与え合いながら生きているのです。
母の苦悩
以前、気学講習会で星命の話題になったとき、ある会員さんが過去にお嬢さんとご自分の考え方や行動の違いでとても苦しまれたという体験談をお話くださいました。
例えるならば、その会員さんであるお母様は星命が七赤、お嬢さんは三碧だとします。
七赤と三碧は正反対の性質を持つ星のために根本的な思考が異なり、人によっては自分と異なる相手を理解受容するのに時間がかかることもあります。中には、全く合わない人!ということで距離をとることもあるかもしれません。

会員さんも子育ての中で衝突を度々経験されたそうで、なぜこの子はこうなのだろう?親子なのにどうして自分とこんなにも違うのだろう?と食い違いにかなり悩まれたと言います。
そうした悩みを長年抱えてはいても、それがお嬢さんの個性と受け止めて育て上げられたそうです。
子育てを終えられ、気学の学び直しで当会に来られましたが、様々な環境から受けた影響と方罪、そこに各星命の特徴が合わさって今の自分が出来上がっていること、自分と娘の本質をそれぞれ理解できたことで衝突していた原因が漸く晴れた!とスッキリされた表情でお話しくださいました。
例え親子でも、人生で受けてきた影響が異なり星命も異なれば全く違った人間が出来上がります。
けれど、だからといって自分と異なる相容れない我が子を切り離すわけにもいきません。
ですから子育ては、人生最上の自己修行だと私は感じます。
自分の価値観や拘りだけでは子育てしていかれない。どこかで悩み葛藤し、譲歩したりすることで子育て前の自分よりも偏っていた心の角が削れて、結果的に円満な自分に近づいていることが多いから。
そうした意味では、自分(親)と正反対の我が子が授かったということは、大変だけれど、寧ろ幸いなのかもしれません。
その点、夫(妻)、友人、会社の人間関係などは、分かり合えないと感じれば簡単に切り離すことができるため、自己修行効果は子育てほど強くないと感じます。
プラスの環境効果
その会員さんのお話にはまだ続きがあります。
「娘はすっかり大人になったから昔のような接しにくさが無くなってきたのだとばかり思っていました。実は吉方が効いてきたということなんですね!」とのこと。
前々からお嬢さんが思春期の頃は、親子間が完全に戦争状態で手が付けられなかったということを耳にしておりましたが、近年は大人になったことで少し柔らかくなってきたのだと理解されていたそうなのです。
確かに、大人になるにつれて心も成長する人が多いので、自然と穏やかになることもあります。
しかし、お嬢さんの場合はご実家から一人暮らしをされた方位が偶然にも四緑の吉方だったために、より心の安定と充実が進まれたのだと説明申し上げました。
一口に吉方と言っても使う星によって出方は様々なのですが、四緑は良い意味で拘らず、肩の力が抜けていく特徴があるので、三碧の力強さが中和されたような形になったのです。
しかも、ご結婚が決まったというご報告もいただき、確実に吉兆が出ているようで嬉しい限りです。

また、吉方が馴染んでいる人は、そうでない人と比べて他者を受容しやすいという傾向があります。
お嬢さんのお相手は、お嬢さんと正反対の星命の方。
それでも柔軟に物事を捉えられるようになったお嬢さんだからこそ、お相手との違いも善意に解釈できることで円満に関係が維持できるのでしょう。
それで言うと、吉方を使っていない人同士でも、世の中には正反対のご夫婦やカップルが案外多いものです。
双方が凶方ならば、多々問題や悩みが出やすいわけですが、お互いの違いをお互いが受容できる範囲内ならば関係は続きます。逆に、気学上で相性が良いとされるカップルでも長続きしないことが少なくありません。
では、なぜそうなるのかと言えば、人の相性は単に星命だけでは決まらないからです。
先程もお伝えしたように、今まで受けた影響や方位作用もその人を構成する重要な要素であるため、お互いに共通した方位作用を使っていたり、何か重なる要素かあれば正反対同士でも出会い、縁が続くこともあるのです。
ですから、気学上の星命というのは一つの判断要素に過ぎず、それだけでその人の全てを理解することは到底できないのです。
本日もご覧くださり誠に有り難うございました。
