理不尽なことも運のうち

生きていれば様々なことが起こります。
生活が一変するようなストレスや災難に見舞われたり、理不尽な出来事に苦しむこともあります。

自分がどんなに気を付けながら生きていたとしても、外から問題が持ち込まれることも非常に多く、腹立たしく悔しい思いをさせられることもあるでしょう。
でも悲しいことに、そうした不如意も結果的には自分の運の表れなのです。

自分は安全運転していたのに追突された!当て逃げに遭った…
相手のミスなのに自分が後処理や責任を負わなければならない…
あらぬ汚名を着せられた…
全く身に覚えのないところで事件に巻き込まれていた…

問題の大小はあるにしても、急に外部から問題が降りかかり、強いストレスや苦労を負わされる状況は決して少なくありません。
自分は真面目に生きているだけ、やるべきことをきちっと行っているだけなのに、第三者から問題を持ち込まれて気分を害され、こんな理不尽はない!と怒りや悲しみが込み上げることもあるでしょう。

しかし、そうした苦痛や不如意に遭遇しやすい下地が、そもそも自分自身の運にあることがほとんどです。

人の運は常に一定に保たれているわけではなく、その月々、年々で大きな波があります
そして、過去に引越しなどで凶方を使っていたりすると、それが運の足を引っ張る節目となり、その節目の年がやってくると運気が一段と落ち込みやすくなります

そうすると、今年は調子が悪い…、一難去ってまた一難…というように消耗の多い年になる傾向があります。
人によっては、平穏に生きていたのが突然外部から災難が持ち込まれ、生活が人生が一変してしまうことも。
自分の不注意で招いた問題なら己の責任だと納得せざるを得ないですが、自分は何も悪くないのにこちらが苦労を背負わなければならないのですから正に災難です。

しかし、そうした不如意な流れになる運命的下地が自分の運にある以上、再び節目がやってくればまた何かしらの心身消耗を背負う可能性が高いということであり、災難は1度出て終わり…ではないのです。


気学に関心がなければ、引越しの方位や何か事を起こす際の吉凶など全く気にしないものです。
寧ろ、気学を知らないほうが面倒なことを考えずに済み、自由に生きやすいと考える人もいるでしょう。
何にも縛られず、自由に物事を決められるほうが良いに決まっていますから。

しかし、自然界の法則(=気学)を無視して物事を進めると、その結果がもれなく10年、20年…経過してから還ってくることも事実なのです。(転居などの場合)
その事実と因果関係を嫌というほど見せつけられている当会からすると、やはり転居や持家などの重要案件には極力凶方を回避すること、という指導になってくるわけです。

ただし、ご自身の価値観に合わなければ無理に気学を使う必要もなく、自己体験から何か感じるものがあれば、その時点で気学を活かしていただければ幸いです。

そこに至るまでには時間も経過し、想定もしなかった問題やご苦労も出てくる可能性はありますが、実際に不如意を多々経験されないことには運の実在も感じられないことが多いものです。
ご本人に開運のスイッチが入るか否かはその方次第。
様々なご苦労をされていても、その根本原因が自分の運にあるとは考えずスイッチが一向に入らないこともありますが、それもその方の運だと理解しましょう。

どの様な人生選択をしようと、その行動に対しての結果が長い年月を経て出てくるのが運です。
ですから、今すぐに行動できなくてもいつか将来のために、また後進のために知っていることが肝心なのです。

本日もご覧いただきまして誠に有り難うございました。

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