年末年始には多くの人が初詣で祈願する。
また、パワースポット巡りが好きな人は、若い人でも神社仏閣へ出かけていく。
それなのに、熱心にお墓参りへ行く人はそこまで多くはない。
【祈る】という行為は同じなのに、神社仏閣へ出向くことと墓参りは全くの別物と感じている人が少なくないということでしょうか。
考えてみれば、小さい頃から墓参りの経験がなければ先祖と言われてもピンとこないだろうし、墓地が地方にあったり、複雑な家庭環境だったり様々な事情があれば、墓参りなんて面倒だ、したくない!と思うのも仕方がありません。
しかし、世の中には代々しっかりと先祖供養を行っているお宅も多く、私共のお客様の中にも信仰心が篤く墓参を欠かさない方も多くいらっしゃいます。
ですので、先祖を敬う心や行動がある人は運が守られている、という共通点もこの仕事をしていると度々感じさせられるのです。
一見すると【先祖供養と運】は全く結び付かないことのように思えますが、実は密接に関係しています。
なぜかと言えば、先祖を大切に思える人は祖父母や両親など自分よりも大きな存在を認め感謝できる謙虚な心を持ち合わせている人です。謙虚な心がなければ、自分の立場を弁えたり他者への心遣いなどできません。
その価値観が処世を通じで子や孫へと伝わり、結果的に家が守られているのです。
運はただ吉方を使っていれば右肩上がりに伸びていくと思ったら大間違い!
その家、その人によって、親や先祖に対する考え方は様々でしょう。
ただ、真に自分たちの幸せを願うなら縁も所縁もない神社仏閣をいくつも廻るより、まず自分の先祖が眠る墓で手を合わせるほうが何倍もお守りいただけるように感じるのです。
自分の立場とは?長幼の序を知らない家族
お墓はあってもほとんど墓参の経験がない人、墓自体がどこにあるかもわからない人だって現代には多くいます。核家族が増えて家を継ぐとか墓を守る、といった昔ながらの考えが薄くなってきたのも時代の流れですね。
私の育ちは昔ながらです。
祖父母と同居していたため、日々の生活の中で自然と長幼の序を体感する環境にあり、長老の祖父は家の中で一番偉い人、と子供の私は理解していた記憶があります。
また、小さい頃から元旦やお彼岸、お盆と年に何度も墓参りに行っていたので墓参は当たり前でした。
「墓地は怖いし気味悪い」という感覚もありません。
ですから、私の困った時の神頼みは専らお墓です。
自分達の子孫がピンチなら、きっと祖父母が良い智恵を授けて守ってくれるはず。
そう願って毎月墓参を続け、17年以上が経過しました。
ここまで一度も休まず墓参を続けてきたのは家が気学をやっていることが一番大きいわけですが、いつの間にか自分のルーティンとして習慣化したこともあります。

ですので、このAさんの話を聞いた時は他人事なのにとてもショックでした。
Aさんはお兄さんと二人兄弟で、それぞれ家庭をもっています。
相次いでご両親を亡くされ、ついにご実家を売却することになりました。
そこで、遺品は全て代行業者に整理を依頼したそうですが、最後の最後に位牌だけが残されたそうで…。
今までご実家の売却手続きを主導していたお兄さんは、「うちでは位牌を引き取れない」とAさんに擦り付けるような連絡をしてくる始末。ご実家の明け渡し最終日に何とかギリギリでAさんが位牌を引き取ってきたとのこと。
ただ、「うちも位牌は出さずにそのまましまう」と話すAさん。
なぜ位牌を祀らないのか?と聞いたところ、
「葬儀屋が勝手に板に文字を掘ったものでしょ?(だから必要ない)」という内容で、私はあっけにとられ言葉が出てきませんでした。
そうか…。そう思う人もいるのだ、と逆に勉強した思いです。

確かに位牌はただの板です。でも、そこにはご両親の魂が入っているのに…。
やんわり伝えてもAさんには伝わらなかったため、ご自分なりのやり方でご両親を供養すれば良いのでは、と伝えるに止めました。
ここまでAさんの話を聞いて、確認の意味で墓参の経験を聞いてみたところ、案の定、ご実家近くにお墓はあってもほとんど墓参りの経験はないとのこと。
ご両親のみで墓参されていたのか否かは判りませんが、ご両親の晩年のご様子とご兄弟の考え方をみれば、恐らくご両親も先祖供養にあまり関心をお持ちでなかったのだろうと想像できます。
実は、お兄さんは持家をする際、お父様から大変な支援をしてもらったとAさんから聞いていましたが、今までの恩が全く感じられない位牌の取り扱い方にこのお宅の今後の生末が見えたように感じました。
けれど、親がしなかったなら子もできなくて仕方がない。
子供達が薄情でも、それは育ちの中で見たり経験してこなかったから知らないということです。
言い換えれば、親や祖父母が子や孫にそれらを見せてこなかったということで、その因縁が循環しているに過ぎないのです。
育ちは運を左右する
Aさんはこうも話していました。
「墓参りなんて、自分達がしないのだから最近の若い人はもっとしないでしょう」と。
確かに昔に比べたら、年間行事ごとにきちっと墓参する人は多くはないかもしれませんが、若くてもやっている人はその方なりにやっています。
逆に、年配者でも先祖供養をしない人もいるし、年齢は全く関係なく価値観の問題です。
墓地が遠方にあって行かれなくても、仮に墓自体が無くても、祖父母や両親を思うことはいくらでもできます。
普段は先祖に思いを馳せるなんてことは少ないかもしれませんが、自分が今無事に生きていられるのは紛れもなく先祖があってのこと。そう素直に謙虚に受け止められるほうが幸せだと思いませんか?

Aさんからこの位牌の件を聞いた後に、お子さん達への対応に悩まれているというお話を聞きました。
どうやら、お子さん達ご兄弟妹への対応に差があるとお子さんの一人からはっきり意見されたとのこと。
兄弟姉妹のなかにも長幼の序はちゃんと存在します。
前々から感じてはいましたが、Aさんがそこを踏まえないでお子さん達に接してこられたことで、お子さんの不満が爆発したのでしょう。
場合によっては兄弟妹の不和になったり、将来子供同士で裁判沙汰に発展するケースも多く承知していることを思うと、早く親が気が付き、対応を改めることが必要です。
ただ、位牌の件にしても、お子さんのことにしても、Aさんは「そんなに重要かな?」と言わんばかりの口ぶりでしたので、恐らくこのままの状態が続くのでしょう。
でも、これは私がいくら気を揉んでもどうにもならないことです。
それがAさんの運であり、またお子さん方の運として因縁が循環しているのですから。
立場に応じた処世がどれだけ身を守るのか、改めて感じさせられたのでした。
参考にしていただければ幸いです。
ご覧いただきまして誠に有り難うございました。