たまたまの連続が運

運は目で見て確認することはできません。しかし運を感じ取ることはできます。
それは、とんとん拍子で物事が進んでいるから運が良いとか、逆に心配するほどの大きな問題に遭遇したから運が悪いという判りやすいことだけではありません。
寧ろ、たまたまの流れや偶然の結果がその人の【運】としてはっきり表れることが多いのです。

人の運を観ていくと、本当の運の良さは意外と控えめな出方をするものだと気が付きます。
開運すると聞くと、何か大きな喜びがドッと入ってくるようなイメージがありますが、現実はそうでないことが多いものです。

偶然の出会いから良い転機に繋がったり、渡りに船でタイミングよく物事が進んだり解決したり、寸でのところで災難を回避できたり…。一つ一つの出来事はささやかで一般的に吉兆とは言わなくても、人生の流れを総合的に観ていくと、明らかに【運】に守られている人はいるものです。

ある人は、電車の乗り換えを急いでいましたが、トイレが我慢できなくなり仕方なく電車を1本遅らせました。用を足して乗り換えのホームに行ったところ、1本見送ったその電車がたった今人身事故に遭い、動けない旨のアナウンスを耳にしたとのこと。
もしあの時、トイレを我慢して予定通りの電車に乗っていたら大変なことになっていた…と話されておりました。

そうした物事のタイミングは運の最たるものです。もっと深刻になると重大な事故事件災害に出くわす等。
小さな幸せや災難回避は特別に珍しいことでもありませんので、たまたま運が良かっただけ!と思うかもしれませんが、そのたまたまの幸運が起こる人もいれば起こらない人もいるし、たまたまの幸運に何度も守られている人もいるのです。


同じことが逆のパターンもあります。
決して災難とまでは言わないような小さな不如意やミスマッチ、些細な怪我や事故、人間関係の拗れやトラブルなどは生きていれば当然起こることとして多くの人は特別気にしません。

先程の例で言えば、たまたま乗った電車でトラブルに巻き込まれ予定が大きく狂わされたなんてことも世の中では日常茶飯事に起こるわけであり、乗車していた全員が同じくらい運が悪いとは一口に言えません。

しかし、ある一定の周期・期間に様々な問題トラブルが続く人は、根本的な運の悪さによってそうした災難に遭遇させられ、必要以上の消耗負担をさせられている可能性が高いのです。
一つ一つの問題は小さくても、その度に感じる不如意や消耗は確実にストレスとなり、人生を振り返ってみると真に安堵できない日々が続いている人も少なくありません。

またある人はこう言います。
「今日はこんなに良いことがあった!最近ツイていると感じるから運が良くなってきているのかもしれない!」と。

果たしてどうでしょうか?
その時は確かにラッキーなことがあったかもしれない。最近はお仕事も順調で金銭的にもゆとりがでてきたかもしれない。

しかし、その幸せな状態が持続しなかったり、お仕事は安定していても別の問題が勃発したことで新たな苦しみが生まれるようでは本当に運が良いとは言えません。
ですので、生きていれば誰でも何かしらの紆余曲折はあるものですから、プラスとマイナスをジグザグしながらも長期的にみて人生諸々が改善・上昇しているのか、反対に悪化・下降しているのかで運を判断するべきです。


ただ、現実は一時的な吉兆で楽観し、運がジグザグ下降を続けているのに中々気が付かない人も多いものです。
運が下降している間にも、実は先ほど言ったような小さな問題トラブル心労が様々な形で表面化しているのですが、そうした心身消耗が自分の運から発生しているとは考えもしないのでしょう。

また、人によっては、「開運なんて興味ない。普通に暮らせればそれで良い。」と言うかもしれません。
では、皆様が考える普通の暮らしとはどんな状態でしょうか?
ご自分が考える普通の暮らしを実現するにも、実は【自分の運の良し悪し】が強く影響しているのは言うまでもないのです。

人それぞれで価値観好みは異なっても、自分なりの目標や理想実現のために少しでも平穏安定した暮らしを享受したいのは皆同じです。
そのための基本となるのが【運】であり、運を改善する術が気学にあります。

学力、経済力、様々なステータス… そうした世間が評価する部分と運は必ずしもイコールではありません。
どんな人であっても、今の自分より納得の人生を進むことができます。
そのために、気学を活かしていただければ誠に幸いです。

本日もご覧いただきありがとうございました。

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