どんなにこちらが相手を救いたいと願っても、その思いが相手に伝わらないことがあります。
特に自分と関係が深い人であれば、尚更救いたい気持ちが前面に出てしまい相手から距離を置かれたり、こちらの思いを理解しなことに苛立ちを感じることもあります。
しかし、どんなにこちらが思いを伝えても、その相手が真意を汲み取るだけの経験や洞察眼を持ち合わせていなければ思いは空回りし、寧ろこちらが力むだけ自分のストレスが増すばかり。
誰でも、実際に経験してみなければ経験者の言うことを理解できなくて当然です。
厳しい親、老害、お節介な友人や先輩…になってしまうと、結局は自分が苦しむことに。
ですので、全てを理解した上で、気長に時を(相手を)待てる人は運が良い人なのです。
思いが強いほど反発する
ある親御さんがこんなことを仰っていました。
「子供達の行状が目に入るにつけ、あれやこれや言ってしまう。結果、言い過ぎて反省するが、上の子はまたうるさいな…くらいにしか思っておらず、下の子は言われ過ぎて若干の精神不安定になってしまった。」
様々な人間関係の中でも親子は二者一体でもあるため、特に親の思いは強くなりがちです。
日々の生活や躾けから勉強、進学、就職、結婚…と子供の一挙手一投足が気になり、
「もっとこうした方が良い!こうしなきゃだめだ!」とあれこれ口に出してしまうこともあるでしょう。
人生のずっと先を進んでいる親は、子供を思うあまり様々なことに気を揉み口を出すわけですが、そこで子供が親の言うとおりに行動しなかったり意に沿うような結果にならなかったとしても、それは仕方のないことであり、親が腹を立てること自体が本当はおかしいのです。

そもそも子供は人生経験が乏しいわけですから、親の思いを十分に理解し実行できてしまうほうが驚きではないでしょうか。
私たち親側も、自分の親と同じ立場になって初めて、当時はあんなに心配させていたのか…と親の気持ちが理解できるようになったはずです。
ですから、きっと我が子も自分と同じ立場になるまではこの心配や不安は解らないだろう。だから言って伝わらなくてもそれが当たり前なんだ!と割り切って考えるほうがこちらも楽です。
相手に期待をし、無理に変えさせようとすればするほど逆方向へいき、いつしか相手の心が遠く離れて戻らなくなってしまってから気が付くのでは元も子もありません。
もちろん、モラルに反したり危険なことはきちんと教え諭さなければ親の責任を果たしているとは言えませんが、ただ親の心配や希望を子供にストレートにぶつけ過ぎると、上手くいかない事例のほうが目に付くのも事実です。
心配は尽きないけれど、その思いの出し方や表現の仕方で受け取る側の印象は大分変りますし、少し心の距離をとって客観的に相手を見るようにすると熱量が下がり自分も相手も楽になるように感じます。
大人だって解らない
最近、私も感じることがよくあります。
救いたい相手ほど、こちらの熱が無意識に入ってしまうから。
でも、だからこそ冷静にこちらが振舞う必要があります。
相手がまだその知識や経験もなければ、こちらの真意が半分も伝わっていないかもしれませんので。
その状態で無理に救おうとしても関係に軋轢が生じたり、嫌な後味が残るくらいなら見守るに徹したほうがよいこともあります。やんわりと伝えることはしても強くは言わない。それで相手が話に乗ってこなければそれまで。

良かれと思って助言やアドバイスをしても、相手にそうした物事の見方や価値観、本気度がなければ響かないことが多いものです。
折角、相手を思って何かをしても、その思いが通じなければこちらの悲しみが残るだけです。
であるなら、初めから相手に過度な期待をしないほうが気が楽ですし、それで相手が問題に突き当たったとしてもそれが相手には必要なプロセスだと冷静に受け止めるべきと考えます。
経験者の言葉の意味が真に理解されるまでには、かなりの時間がかかることもあるでしょう。
その時間を待つ身としては、苛立ちや焦りも出てしまいます。
ただ、相手を救うにはその方法が一番有効な場合もあるのです。
誰かから言われる言葉より、自己体験から得る気付きはとても大きく強く残るものですから。
そうした時が来るまで、じっと相手を見守り時を待てる人は強いですね。
運が良い人は無理に相手を変えよう!コントロールしよう!とは思いません。
その前に、まず自分自身の発想を変えてしまうほうが双方にとってプラスだと解かっています。
何に対しても常に神経を張っていては疲れてしまいます。
寧ろ、何本かの神経が緩んでいるくらいのほうが人生には良いのかもしれません。
本日もご覧いただきありがとうございました。
